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こんな夢を見た vol.2|うえだけいすけ

by ツカノマレーベル

第2回 short short story「こんな夢を見た。」受賞作品より

▪ 募集期間 2019/9/9 〜 11/9

▪ 応募総数 314作品

▪ 一次選考通過 108作品

▪ 二次選考通過 30作品

▪ 最終選出作品 10作品

その他の受賞作品はこちら

 こんな夢を見た。

「ペンギン。ペンギンの悪い噂。

......ペンギンの悪い噂を聞いたの」と妻が言う。

 わたしに話しかけているわたし。

 そのわたしを妻だと認識しているということは

どうやらわたしは夫としてそこにいるようだ。

「ペンギン。ペンギンがね」

 妻であるわたしはわたしに話しかけている。

 ペンギンの悪い噂。

ペンギンが大事なものを奪っていくという噂。

それを奪われた人たちはいっとき穏やかにしているが

だんだんと気の抜けたように

ぼんやりと空を見上げるばかりになったり――

「違う違う」

 一瞬ののちわたしはペンギンになっている。

「そういうことじゃないんだな」 とペンギンであるわたしは言う。

「私たちペンギンは君たちの悲しい話をいただくだけだ」

 悲しい話? とペンギンじゃない方のわたしは考える。

 わたしはペンギンでもあるのでペンギンの言いたいことはわかる。

 人間の悲しい話は氷を固くする。

そのことに誰かが気づいた。

わたしたちペンギンの氷が溶け始めて間もない頃だった。

 わたしたちはせっせと人間の悲しい話を集めては

しゃりしゃりと穴を掘り

持ち帰った言葉や物語を――時には歌を穴に投げ入れてきた。

「君の話を聴こうか」

 ペンギンが言う。

 悲しい話。わたしの。

「わたしの?」

 もちろん話すべきことは決まっている。

 わたしの。悲しい話。

 遠くで汽笛の音が鳴っている。

 顔を上げ南極へ帰る船を探すがそこはいつものリビングで

わたしはうたた寝から少しずつ現実に帰ってくる。

 珈琲の香りが漂ってきて

わたしはようやく夢を夢だと気づく。

 夢だと気づいて慌てて記憶を探る。

 悲しい話。わたしの悲しい話はちゃんとわたしの中にある。

 その人はわたしの中にいる。

 珈琲を手で包む。熱がゆっくりわたしに移る。

その苦味はわたしの顔を歪めてくれる。

 窓を開けると少し冷たくなり始めた秋の風が

わたしの形だけ残して部屋へ入ってくる。

 固く澄んだ空気のずっと向こうにほんのわずか海が見える。

 わたしは祈る。

 南極の氷が溶けてしまいませんように。

 ペンギンたちが穏やかに暮らせますように。

わたしの悲しみがわたしだけのものでありますように。

うえだけいすけ

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