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こんな夢を見た vol.2|田中トラ

by ツカノマレーベル

第2回 short short story「こんな夢を見た。」受賞作品より

▪ 募集期間 2019/9/9 〜 11/9

▪ 応募総数 314作品

▪ 一次選考通過 108作品

▪ 二次選考通過 30作品

▪ 最終選出作品 10作品

その他の受賞作品はこちら

 こんな夢を見た。

 ある朝、目覚めると、僕の肌は鮫肌になっていた。それは、大根一本でも楽々と下ろせそうな立派な鮫肌で、僕は一日の始まりから喜びに浸ることができた。

 みんなに自慢しなければ。

 そんな使命感に駆られた僕は、急いでパジャマを脱いだ。するとその鮫肌は本領を発揮して、薄い布切れを、あっという間に引き裂いてしまった。学習した僕は、ナマケモノのようにズボンを履き、繊細な羽衣を扱うようにTシャツを着た。

 家から出ると、ソフトクリーム型の雲が浮かぶ、素敵な夏空が頭上に広がっていた。浮き浮きした僕はスキップしながら通りを歩いた。道行く人の誰もが、羨ましげに僕を見ていて、あるお姉さんはウインクをしてきた。

 どこからか、美味しそうな匂いが漂ってきた。匂いにふらふらと引き寄せられるようにして、一軒のパン屋へと僕は足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ。焼き立てのパンはいかがですか」

 可憐な声で店員の女の子が言った。お店には先客が十人ほどいた。

 まだほのかに湯気の立つバゲットを買うために、僕はレジへと続く行列に並んだ。ゆっくりと列が進み、やっと僕の前のおばあさんが買う段になると、おばあさんが言った。

「あらやだ、あたしったら財布を忘れてしまったみたいなの。せっかく並んだのにどうしましょう」

 悲しげな様子のおばあさんに、困った表情を浮かべるレジの女の子と僕は目が合った。すると、僕のことを見たレジの女の子が、今度は驚いた顔になった。

 うっかりしていた。きっと彼女は、この鮫肌の魅力に気づいてしまったのだろう。どぎまぎする僕をよそに、女の子は店の奥へと声を張り上げた。

「店長、大変です!鮫肌男がいます!」

 しばらくすると、どたどたと足音を立てながら、丸々と太った店長が物凄いスピードで走り出てきた。右手には、何故か古いフランスパンが握られていた。

「おお、これは本当に立派な鮫肌だ。どれ、一つ削らせて頂こう」

 店長が僕の腕に硬いフランスパンを押しつけると、それは面白いように削れていった。

「旨そうな削り立てのパン粉だ。これでカレーパンを作ろうではないか」

 店長は嬉しそうな声を出した。一体どうやって逃げようかと僕が思案していると、

「私、別れませんから」

 背後から急に声がした。ぎょっと僕が振り返ると、そこには奈津子が立っていた。

「あなたが別れたくても、絶対に別れませんから」

 奈津子の手には、離婚届が握られていた。

「こんなもの、こうしてやる!」

 僕の肌に触れた薄い紙は、あっという間に裁断されてしまった。

 ふと気がつくと、店の中にも、窓の向こうに見える店の外にも、僕の鮫肌を狙う大勢の人々が待ち構えていた。恐怖に駆られた僕は、慌ててパン屋を飛び出した。

 夢中で走る僕に向かって、人々はあらゆる物を差し出した。少年は蝉の脱け殻を粉々にし、お姉さんは別れた恋人から贈られたブレスレットを切り裂き、歌うたいは挫折した夢の結晶であるギターをずたずたにした。僕はいまや、泣きそうだった。

 どうしてこんな目に合わなければいけないのだろう。

 そう思いながら鉄塔をよじ登った。てっぺんまで辿り着いて、下を見下ろすと、人々がうじゃうじゃと蟻のように蠢いているのが見えた。そのとき僕は、はたと気がついた。

 これはきっと、悪い夢に違いない。現実に戻れば、平穏な日常が回復するだろう。

 目を覚ます為に、僕は、ぎゅっと目をつむった。

 ある朝、目覚めると僕は……

田中トラ

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